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ラベクル水曜★『ハイジの舞台ヒルツェル村』+シネマ2本立てpar北山裕子

2003.06.23

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第18回『ヒルツェル村/スイス』(06/04/‘03放送分)

いやぁ、今月はひとつ歳を取ったせい?はたまた無理してMr.ダバダLiveなんぞに行ったツケか??久々の大風邪をひき、お陰で大好物の試写会もやや自粛ぎみ。∴今回は珍しく、両極端な日本映画2本。

『恋愛寫眞』⇒『ケイゾク』『トリック』等、カルト人気を集める堤監督VS広末涼子VS松田龍平(Love☆)がタッグを組んだ、瑞々しく斬新な、胸キュンの恋愛映画☆
若さ故に別れた忘れられない恋人…ニューヨークで死んだ筈のその彼女から、ある日手紙が届く。消印はニューヨーク。ぱっとしない日々を送るカメラマンの誠人は、1枚の写真だけを手掛かりに、彼女の消息を追ってニューヨークに旅立つ。。。
ラブストーリー+ミステリー+サスペンス+ハードボイルドに、監督独特のシュールな笑いがちりばめられ、間断なく挿入される16mm・8mm・ハイビジョン・スチール・ポラ・デジカメ等々で切り取られた印象的な写真の数々が、一層物語を盛り上げます。
*小池栄子に助演女優賞を◎…あと2回は見たい、久々のツボ作品♪

『スパイ・ゾルゲ』⇒篠田監督のラストフィルム宣言作品。第二次大戦前夜、日本で暗躍した20世紀最大のスパイ=日本とドイツの最高機密を盗み出してはモスクワに送り続け、ひいては両国を敗戦に導いた、時代の陰の立役者=リヒャルト・ゾルゲ。
その「知られざる素顔」を描く…との前触れにも関わらず、監督、ラストという事で力が入り過ぎちゃったんでしょうか?構想10年・制作費20億・上海&ベルリン他海外ロケ・デジタル技術で再現した戦前の銀座の街並み・豪華出演陣…が、どれも散漫かつ冗長。
当時の史実が細大漏らさず(しかも表層的に)追われ、作品自体が3時間以上の長編ですが、5時間以上は座らされた徒労感≠肝心のゾルゲの素顔は???なままでございました(涙/久々に辛口)

↑いずれもコラムUpをサボっていたせいで(汗)、既に現在公開中です。興行的には『ゾルゲ』>『恋愛寫眞』のようですなぁ。。。

さて本編、今月取り上げたのは最近キャラ&グッズ人気が再燃・リバイバル中の(あぁ懐かしの「カルピス名作劇場」/一時「オッペンハイマー先生」とあだ名された私★)『アルプスの少女ハイジ』の作者・ヨハンナ・シュピーリの故郷。
ブームの甲斐あってネット上にも、アニメ版『ハイジ』の全ストーリーやカルト情報(ゼーゼマン邸&おんじの小屋の見取り図とか…/笑)も入手出来るサイト【ハイジ大百科】なんてのもあって、大いに助けられました。
因みに今回紹介した村の程近く=マインフェルト村にはハイジの世界を再現した記念館「ハイジハウス」や「ハイジの泉」等を巡るトレッキングコースもあり、そのゴールには、これまた再現された「おんじの小屋」が待っています。日程に余裕がある方には、クララが療養した事になっている高級温泉リゾート「バート・ラガッツ」もお薦め!

それでは、憂鬱&不快指数の日々を一掃する?、純粋で伸びやかな世界をお楽しみ下さい!!!

1)
月に1度、ガイドブックにも殆ど出ていないヨーロッパの小さな村や町に、たった1つの出会いを求めて出掛ける、『お気に入りを探す旅』。。。
素敵な音楽と共に、本日もご一緒しましょう。

今回訪れるのは、今でも「母親が子供に見せたいアニメーション」の筆頭にあがる名作児童文学『アルプスの少女ハイジ』の作者=ヨハンナ・シュピーリゆかりの地。
スイス第一の都市、チューリッヒ。その郊外の小さな村で1827年6月12日に誕生したシュピーリは、美しいアルムの山々に囲まれた緑の牧草地、木々のざわめきや小鳥のさえずりが溢れた環境の中、天涯孤独のハイジとは異なり、沢山の兄弟に囲まれて育ちました。

本日の行き先は、44歳で専業主婦から作家デビュー、現在も世界中で愛されている『ハイジ』を生み出す一方で、孤高の後半生を過ごしたシュピーリ。そんな彼女の創作の源として、常にその心にあった故郷の村=ヒルツェルです。

スイス・チューリッヒのクローデン国際空港からヒルツェルまで、黄色いボディ&ホルンのマークが目印のポスト・バスで僅か約30分です。

Le destination d’aujourd hui est Hirzel…………。

2)
スイスの北東部、チューリッヒ郊外の標高700メートルの山間の村ヒルツェルは、今にもハイジが駆け出してきそうな、見上げればアルプスの雪山、眼下には豊かな牧草の丘陵と樅の木の森、その合間を縫う銀色の小川も眩い、正にアルムの村。
美しい自然に恵まれた小さな村の中心・教会のすぐそばに、白い壁に開け放たれた緑の鎧戸、グレーのスレート屋根が印象的なヨハンナ・シュピーリの生家=通称「ドクトル・ハウス」があります。

村唯一の診療所の医師として働く父、牧師の娘で有名な詩人の母の元、6人兄弟の次女として育ったシュピーリは、野山を自由に駆け回る快活で心優しい少女。
25歳で音楽家ワグナーとも親交のある、教養豊かな弁護士のベルンハルトと結婚し、3年後には念願の息子にも恵まれます。山を離れ、都会・チューリッヒで専業主婦として暮らす彼女に転機が訪れたのは44歳の時。戦争の義捐金を集めるために書いてみた小説が評判を呼び、姪からせがまれて1880年に執筆した児童書『ハイジの修行時代と遍歴時代』は瞬く間にベストセラーになります。翌年、読者達の熱い要望で書かれた続編『ハイジは習った事を使う事が出来る』も刊行され、後にこの2冊を併せて、あの有名な『ハイジ』が完成します。

物語の舞台になったのは、シュピーリ一家が夏ごとに滞在したイエニンス村の隣=マインフェルト。アルプスの山小屋に住むおじいさんに引き取られた孤児の少女ハイジは、仲良しのペーターと共に大自然の中で成長します。山小屋に移ってきた、都会で車椅子生活を送っていた少女クララも、やがて医者の手を借りずに、自分の足で立てるようになります。。。

物語のテーマは「豊かな自然に育まれ、癒される人間の姿」ともうひとつ、「誰でも、人を助ける事が出来ない程、小さくはない」という彼女の信念でした。
これを支えたのは、父が信奉した16世紀の型破りな哲人医師パラツェルズスの教え「医師は治療するだけだが、自然は健全にする」。そして貧しい人々の為に尽力する両親を見ながら育ったシュピーリの、幸せなヒルツェルの原風景でした。

1884年、生まれつき体の弱かった息子、続いて夫を相次いで亡くした彼女は、以後17年間を独身で過ごし、1901年、チューリッヒで永眠します。
生家の程近く=300年前に建てられ、彼女やその母親も実際に通った小学校を改装したシュピーリ博物館には、初版本や書簡等、数多くの資料が収められていますが、果たして彼女自身、最後は都会での生活に馴染めたのか、それともハイジのように山を懐かしむ暮らしだったのかは、知る由もありません…。

それでも、自然と人、人と人との関わりの大切さは『ハイジ』を通して、今も多くの人々に感銘を与え、引き継がれているのです。。。

3)
今回ご一緒した、忘れてかけていた自然の素晴らしさ&純真な心を呼び戻す『ハイジ』、そしてハイジそのままのシュピーリが愛した故郷=ヒルツェル…如何だったでしょうか。

それではまた、次回の旅をお楽しみに。
A la prochain fois !

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